先の休日において、実家の両親と妹と、些細なきっかけからタモリについて真剣な話し合いをしてきました。
以下、長い話なので要約して記すとします。



母:「タモリは土日は休み?」

駄:「いや、土曜日には『タモリ倶楽部』の収録がある筈。しかし、『タモリ倶楽部』でのタモリを仕事として捉えて良いのか」

妹:「ギャラを貰ってやっている以上、仕事じゃないのか」

駄:「それだったら同人誌や路上ライブも仕事になってしまう。仕事を“労働”として解釈すると、タモリは労働をしているとはとても言えない。たまたまタモリの酔狂をテレビカメラが拾っちゃっただけではないのか」

父:「もしこれが『なぎら健壱倶楽部』でも内容は一緒だが、誰も見ようと思わない。タモリだからみんな見る。ビートたけしと同じで、番組内で重要な事をしていなくても、そこに存在するという事自体が、何の労働力を伴っていなくても“仕事”になる」

駄:「では我々は…いや人類は、タモリに一体何を求め、何を見出しているのだろう…」



『やる気の有る者は去れ!』(by森田一義)
タモリを考えるという事は、すなわち「仕事とは何か」、「人に求められる事とは何か」、「人生とは何か」 …こういったテーマを捉え直す機会かもしれません。

皆さんも今度の週末、家族とじっくり、タモリについて話してみてはいかがでしょうか。