これも、データハウスより発売中の書籍「コミケの教科書」寄稿用に書かせて頂いた資料部分なのですが、宣伝かねて公開しちゃいます。冬コミシーズンですしねっ。


・ コミケ81拡大準備集会レポ-今日の言わせれ
 このサイトで拡大準備集会での質疑が細かくレポートされているのですが、「和解をテーマに次のコミケSPを幕張で開催するのはどうか?」という質問に対して、市川代表が「借りられるとは思うが、条例が変わってないので開催は難しい。あと向こうからの謝罪は欲しい」と答えるくだりがあるのですが…。

 この「幕張メッセ」「千葉県の条例」という言葉にどんな歴史的な意味があるのかも、若い世代はもう、知らない人が多いと思います。
 世代の移りはもちろん当然ですし仕方ないのですが、これを風化させてはいけないと思うので、えっちな漫画を描いてる人・えっちなROMを出してる人、またそれらに興味ある人達には、カタイ話ですが読んで頂きたいと思います。
 ちょっと参加歴の長い世代には、殆ど既知の話ばかりだと思いますが。

 この事件を書いておかないと、毎回50万人を動員するコミケだって、過去に猥褻図画問題で一度は潰れかけている、だから「表現の自由」を謳いつつも、法に触れる可能性の高いものには規制をかけざる得なくなった…という事が伝わらないと思ったので。
(準備会だってイジワルで販売停止を課しているのではなく、そうしないと“場”が維持できなくなるという話です)

 前にも言いましたが、本来は被害者の存在しない性表現への規制なんて、ナンセンスですし。
 無駄に規制のハードルを上げる必要なんか無いのです。
 しかし、今あるハードルは超えなくてはならないし、ハードルが作られた経緯も知っておいた方が良いと思う訳でして。

 もし同人界隈で、ワイセツ図画問題の事を誰かに教えたいという人は、とりあえずこの記事の内容を「資料として」教えてあげれば良いと思います。

※ 2013年12月、猥褻基準の件とコミケSPの件を最後に追記しました。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 
【コミケ幕張メッセ追放事件

 今から約20年前、千葉県の幕張メッセで開催予定だったC40(1991夏)が、開催前に幕張メッセ側からほぼ一方的に使用中止を通告され、急遽、場所を晴海(東京国際見本市会場)へ変更せざるを得なくなった事件がありました。

 実はこの年の2月、同人誌を委託販売していた東京都内の書店や作者が、猥褻図画販売目的所持で警察の取締りを受けました。
 それまで限られた範囲でしか流通していない同人誌の世界では、性器修正は入っていなかったのですが、それが警察の目に留まってしまったのです。

 この無修正同人誌の存在を、イベント後に届けられた拾得物から認識した千葉西署は、コミックマーケット準備会と幕張メッセ側に事情聴取を行いました。
 その結果、準備会・会場側ともに逮捕者等が出た訳ではなかったのですが、同年の春頃、メッセ側は夏に予定されていたコミケの会場使用を一方的に取り消します。 パソコンやインターネットが普及していなかった当時、突然の会場変更告知や諸作業がどれほど大変であったかは想像に難くありません。

 一連の経緯は、「会場側がトラブルになる要因を回避しようとすれば、イベント開催は不可になる」という事が実例をもって証明された点においても衝撃的な事件となりました。

 千葉県ではその後、青少年保護条例が改正され、ページ全体の20%以上もしくは20ページ以上の性表現を含む本をほぼ自動的に「有害図書」指定して販路を規制するという、非常に厳しいものとなりました。
 これは1989年に逮捕された連続幼女誘拐殺人事件の容疑者が、アニメや漫画のオタクであった事などから、過激な漫画を猥褻図画として取締まろう、あるいは自治体で条例を作って性表現や暴力表現を規制しよう、という“有害コミック規制運動”が全国的に大きな運動として広がりを見せていた事も背景にあるかと思われます。

 この問題は、コミックマーケットだけでなく、この後数年に渡って、同人誌の世界全体を激変させていきます。

 大きな事例としては、この時に幕張メッセを追われたコミケが、三たび晴海(東京国際見本市会場)に移った時点で導入された「見本誌チェック制度」です。
 これまではただ提出するだけだった見本誌を、この時から、開場前に準備会スタッフが性器の修正をチェックする形になりました。
 それが、コミケに対して会場使用を許可するための条件(の一つ)だったからです。
 「自由な表現の場」を謳ってきたコミケが、初めて「しかし法に触れるものは売れない」という壁にぶち当たりました。
 蛇足ですが、この後長らく中古の同人誌書店には「幕張以前の本は買取不可」「規制前の本は扱っておりません」といった張り紙がしてあったのです。扱ったら摘発を受ける可能性がありましたか ら。

 また1994年、赤ブーブー通信社は「コミックシティ」を幕張メッセで開催すると告知しますが、これも千葉県警からの注意を受けて直前で開催中止。
 その流れを受けた赤ブー社は、この千葉県条例とほぼ同一内容の「自主倫理規程」を、他地域でのイベントでもサークル側に課そうとして、大バッシングを浴びて撤回、結果として男性参加者をサークル・一般共に激減させるなど、混乱する事態になりました。
 

 以上、これらは実際に起こった出来事です。
 ここまでご覧いただいた方はおわかりになったと思いますが、現在の男性向コスプレROMの露出過剰の問題が続けば、いずれ、これと同じ引き金を引いてしまう可能性があるのです。くどい様ですが、警察の取締りは、漫画より実写の性表現に対しての方が、厳しいです。

 最後に、晴海会場が閉鎖されビッグサイトへ移行する直前、C49(1995冬)の際、更衣室で配布される小冊子「チェンジ」には、こんな記述があります。

 「もう、あの時の様に何かあっても、帰る場所は無くなるのです」

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ 


 で、書籍の本文ではここまでで終わってます…が、ブログはページ制限ないから、もうちょっと書いちゃおう!


 上記の記事を読んだ後に、全ての発端となったサイゾーの記事(書き方はかなり煽る内容なのだが、書かれてるイベントの内容が重要なのね)を読んで頂くと、だいたい、何がどう危険水域なのか分かると思います。
 もし、コミケの中でこういった薄消しorモロ出しROMが(昔アバウトだった頃の様に)売られてしまって、それが何かの拍子に、警察の知るところとなったら…?
 もう…分かりますよね?

・日刊サイゾーの、エロコスROMに関する記事
 > 「コミケ発禁即売会」を掲げたイベントの実態は自主制作エロ画像販売会だった!!
 > 「うしじまいい肉は氷山の一角!?」破廉恥すぎるエロコスプレーヤーたちの実情


 「一部の男性向コスプレROMサークルの暴走が、コミケの存亡に関わる事態に発展しつつある」というのは、誇張でも何でも無いのです…。
 怖い事に、“表現の自由”を掲げる様な当人達の中には、これらの歴史的な経緯に対して、実はよく知らなそうな人も多いんだな…。

 ではもし、誰かがチェックを無視して売った性器露出ROM(漫画でもそうなんですけどね)が、何かの拍子に警察の目に触れて、取締りに動いて、会場がまた使用を中止する事態にまで発展したとしたら…。
 一日分の参加者だけでも約20万人分の怨念、背負えますか…?

 ただ、繰り返しますが、ジャンルそのものを否定するのではなく、どうすれば共存できるかという道を。
 コミケと社会のルールの中で、許容される範囲のものには、表現の機会を。

× × ×

 この後、95年にはオウム真理教グッズ等を扱っていたサークルを通報して警察沙汰にしてしまう(現場での直接の逮捕容疑は荷解きナイフの銃刀法違反。後に不起訴)等、コミックシティの運営には不備が続き、シティから離脱した多くの男性向サークルの受け皿となったのが、性表現に対して比較的寛容だった池袋サンシャインでの「コミックレヴォリューション」
 以後、レヴォの男女比は大逆転し、参加者の90%超が男性という事態に。
 また、“乙女ロード”に位置しながらサンシャインでの即売会が主に男性向ばかりなのも、こういった経緯によります。
(レヴォは2005年に終了しますが、後にコミケ共同代表にもなる市川孝一
氏ら元レヴォスタッフの有志が中心となり、2007年に興された「コミック1」に、この流れは引き継がれています)
(コメント欄にご指摘を頂き、一部訂正しました。レヴォとコミ1はイコールの存在ではありません)

 98年、ビッグサイトに展示会を奪われつつあった幕張メッセは、再び赤ブー社の「コミックシティ」開催に踏み切りました。
 事件から数年を経て、メッセ側の態度は徐々に軟化していくのです。

 2007年、幕張メッセにてアダルト業界の見本市「アダルトトレジャーエキスポ」開催。
 この会場内では、“観衆の眼前で、着衣のままの女優を台へ拘束して集団で愛撫する”“会場内の仕切り板の内側で、全裸の女優を吊るして器具で嬲る”、というAVの撮影が行われ、これはベイビーエンターテイメントより商品化されています。
(勉強のためにレンタルしました!ええ!資料としてですから!)
 以後、この種のアダルトイベントは幕張メッセでは開催されていないのですが、かつて猥褻図画問題でコミケを追い出した会場が、この様なイベントを許可するとは…。
 隔世の感があります。

× × ×

 と、まぁ、こんな資料的な価値もある「コミケの教科書」なので、見かけたら買って頂けるとウレシイ…。
(基本的には著者の小山まゆ子さんによる、買い専やBL作家や女装レイヤーとの対談形式から、現代コミケの像を読む…的な内容です。初心者より中級者向けの参考書かな)
http://www.data-house.info/book/10793.html

(アマゾン)
コミケの教科書
コミケの教科書 (楽天)
 僕の寄稿してる部分は、ブログでもほとんど読めちゃうんですけどね。



2013.12 追記1 
 コミケ準備会より注意喚起が出ています。
 2012年春より、これまでは問題にならなかった程度の描写でも、警察による取り締まりを受ける事例があったそうです。
 警察による「猥褻図画」の恣意的な運用なのかも知れませんが、
商業誌がより性器への修正を強める傾向にある以上、コミケでの修正基準もそれに準じたものになります。注意してください。

2013.12 追記2
 まさかの…拡大準備集会(まとめ)での発表で、「5年に一度のコミケットスペシャル6が、2015年春に幕張メッセで開催」とは…!?
 もしや東京五輪に向けた拡張工事でビッグサイトが使えない間、幕張での縮小開催が視野に入っているのか…?

・ コミケットスペシャル6 ~OTAKUサミット2015~開催のお知らせ-公式
 
 

[この種の話の関連記事]
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