かねてより、アニメファンによる仮装を「コスチュームプレイ」「コスプレ」と呼称する語源に、大きく分けて2つの説がありました。
 オタク史的に解釈されるそれと、一般的にマスメディアで喧伝されるそれが、違っているのです。

※以降、コスプレ行為そのものの起源ではなく(ンなもんコミケ以前にSF大会や月光仮面や鞍馬天狗まであって遡りきれない)、あくまでアニメファンによる仮装を「コスチュームプレイ」「コスプレ」とした言葉の起源のお話です。
 
[1.1970年代後半コミケ準備会が起源説]
 元コミケ準備会更衣室統括の牛島えっさい氏の回想によると70年代後半にコミケ準備会の女性スタッフからアニメの仮装をした参加者を「コスチュームプレイ」と呼ぶようになり、それが当時の米澤代表により略称として「コスプレ」になって広まっていった説。
[論点]
 口伝によるものなのでどうしても正規の記録に乏しく、正確な発祥を特定しづらい。またコミケ誕生以前の〝マンガ大会〟でも使用されていたという説もある。
(追記:その後、コミケ以前から演劇や人形の世界では「着せ替え」的な意味で使われており、それがアニメファンによる仮装の意味に転用されていったのは、コミケより起源が古いのではないかという研究が進んでいます)

[2.1983年スタジオハードデラックスの高橋信之氏が造語した説]
 高橋氏が編集に関わっていた秋田書店の月刊マイアニメ1983年6月号「コスチュームプレー大作戦」連載開始が起源とする説。また同誌に関わっていた後の映画評論家・町山智浩氏からの演劇用語や英語的におかしいという指摘で「コスプレ」という略語にした説。
[論点]
 造語したという割に高橋氏がその後コスプレ関連の出版やイベントに国内で関わった事が殆ど無く、そしてマイアニメ出版以前からコスプレしてる人達はこの説を信じておらず、もっと前から「コスプレ」を使っていたという声がある。

※コメント欄に高橋氏の経緯説明や指摘をいただきました。演劇用語が元である事、ご本人もコスプレという言葉を作ったとは言っていないがそう扱われている事は違和感を感じている事など、併せて読んでください。
※↑その後、コメント削除されているので今は見えません。
 
 いわゆるオタク史的には1のコミケ起源説で語られる事が多いと思います。
 しかしマスコミでは2の高橋氏の造語説が「コスプレという言葉を生み出した男!」などというキャッチフレーズとともに紹介されます。近年では2010年の東京ゲームショウのナイトステージで行われたコスプレコンテストで高橋氏が出演したり、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」2018年6月の高橋・町山氏の出演回でも同様に扱われています。
 米国や韓国など海外のイベントでも高橋氏を上記のような肩書きでゲスト招聘している例が複数あります。

× × × × ×

 しかしながら近年、1970~80年代から活動されているレイヤーやイベンターが亡くなったり、ビジネス的な都合で歴史が歪曲されてしまうという嫌な例も起こっているので、風化や散逸してしまう前にコスプレ史をちゃんと記録してまとめておこうという動きが各所で起きています。
 詳しくは後述しますが、コスプレの歴史を正史としてまとめている協会などの横断的な業界団体が、実はこれまで存在していなかった事のツケでもあるかもしれませんが。

 さて今回、キャラフェスinモリコロパーク(愛知県)内で2/20開催された第4回中部コスプレ史研究会の中で、各自が発見した資料を持ち寄って発表されたそうです。
 私は千葉県在住により現地は行けなかったのですが、この研究資料は非常に重要なのでここにまとめさせていただきたいと思います。
 
■第4回中部コスプレ史研究会より
 では高橋氏が造語したと主張する月刊マイアニメ1983年6月号以前に、明確な使用例はあったのか?
 端的にいうと、今回の研究会の中で鋼人Tさん、万事屋EX-13さんの提示した資料で、
月刊アニメージュ1980年6月号のコミックバザールレポに「コスチュームプレイ(仮装)」、
月刊OUT1980年11月号でゆうきまさみ先生の漫画のセリフに「コスチュームプレイ」、
ふぁんろ~ど1981年3月号の記事中で「コスチュームプレイ」、1982年3月号の投稿欄で「コスプレ」、同年11月号に「コスチューム・プレイヤー」の表記が発見されています。

 
 月刊OUTには一時期、コミケ準備会代表(2代目?)の米澤嘉博氏が「病気の人の為のマンガ考現学」を連載しており、ゆうきまさみ先生を筆頭にパロディマンガも豊富だったので、コミケとの距離が近い雑誌だったと思います。ふぁんろ~どは読者投稿で作る雑誌なので同人文化とほぼ一体でした。
 これらの誌面で「コスチュームプレイ」「コスプレ」という言葉が早くから使われているのは納得がいきます。


アニメック81年17号ならべ
 ついでに愛知県まで参加できなかった私の手持ち資料だと月刊アニメック17号(1981年4月発行)に、映画会社の東宝宣伝部も関わっているアマチュア連合特撮大会からの参加者募集ページで「コスチュームショー」という言葉があります。
 ファンによる仮装を「コスチューム◯◯」と表現する風潮は1980年前後に既にあったのでしょうね。
(なお高橋氏も「自分がコスプレの言葉を作る前からコスチューム◯◯という言葉はあったが、それを『コスチュームプレイ』という言葉にしたのはあくまで自分」…とイベント出演などで話っております)
 
■高橋氏の起源説への疑問
 さて。上記のような資料の発見が持つ意味は大きいです(私のはオマケ)。
 ここで、「コスチュームプレイという言葉は髙橋氏が初めて造語した」「町山氏の指摘でそれをコスプレと初めて略した」説はササッと崩れます。
(追記:高橋氏本人としては作ったとは言っておらず、これは印象操作だとコメントで指摘がありました)
 大々的ではなくても、マイアニメ1982年6月号よりも先に主流3誌(アニメージュ、OUT、ふぁんろ~どの方がアニメファン認知度が高いので)が既に使っていた言葉ですから、仮に髙橋氏や町山氏が3誌を読んでいなかったとしても先に言葉としては存在して使われていた訳で、彼らが〝つくった言葉〟〝造語した〟〝生みの親〟ではない筈です。

 流れ的に考えるとやはりこのアニメージュ、OUT、ふぁんろ~ど3誌もいきなり使った訳ではなく、どこかで「コスチュームプレイ」「コスプレ」の言葉は使われていたから誌面でも使っているのでしょうから、説としては1の1970年代後半コミケ起源説(それ以前のマンガ大会で既に使われていた説もある)に近づいたと見えます。

 髙橋氏の出版人としての功績はそれを月刊マイアニメ誌上で「コスチュームプレー大作戦」というタイトルでカラー連載記事化し、さらに雑誌の表紙にもその言葉を入れた事で(町山氏の指摘を取り入れて略し)、「コスプレ」という言葉を商業誌で広めた功績はあると思います。造語した訳では無かっただけで…。
 
 ほら、平賀源内は海外製の発電機を修理してエレキテルの存在を広めた人ですが、別にエレキテルそのものを発見した人ではありませんよね?
 なんでんかんでん社長は東京でとんこつラーメンブームを起こしたけど、とんこつラーメンを発明した人では無いでしょう?
 
■正しい起源は「わからない」が正しい
 では、本当に「コスチュームプレイ」「コスプレ」という言葉を最初に使い始めたのは誰なのでしょうか?
 今回の研究会での資料で判明したのは、〝月刊マイアニメ1983年6月号で高橋氏が使うよりも2年以上前に既に言葉として商業出版物でも使われていた〟という事であって、正確な起源がどこまで遡れるかはまだ判然としません。
 元コミケ準備会更衣室統括の牛島えっさい氏の回想では、当時の準備会の女性スタッフが「コスチュームプレイ」と言い出して、それを「コスプレ」に略したのは米澤代表が起源であろうという事になっておりますが…これも口伝なので明確な記録は見つかってないです。他のスタッフからはコミケ以前(第1回コミケは1975年)のマンガ大会でも既に使われていたらしいという伝聞もあり、えっさい氏がそれも調査してるというので続報を待ちます。

 商業的な価値観では手柄は誰かのものにしておいた方が扱いやすいですが、学問的な価値観ではわからないものはわからないと勇気を持って発するべきです。
 言葉の起源と、それを使う人、それを広める人はそれぞれ異なるのは当たり前なので、まぁ、言葉の発生自体は誰の手柄でもないかもしれませんが。

 でも、誰の手柄でも無いものを、誰か一人の手柄になってしまうのは…それは違いますよね?

(同様に、この中部コスプレ史研究会は まに×コスさん(まにあ道事務局コスプレイベント)主催、今回の雑誌を資料として発表したのは鋼人Tさん、万事屋EX-13さん。私は流れと論点をまとめて書いていく事しかできていませんので、発見者に感謝)

× × × × ×

●問題点1
 私が髙橋氏の功績(?)を知ったのは東京ゲームショウ2010のコスプレ企画特設ページですが(ここにコスグルーブなる企画集団が関わっていましたが、既にリンク切れしてますね)、しかし後々、おかしいと思うようになりました。
 髙橋氏に対して、私より年長の古参レイヤーからリスペクトの声を殆ど聞かなかった事です。出版でもイベントでもSNS運営でも、コスプレ文化に貢献したり長く関わってる人ならば、人間性や社会性に若干問題があっても何だかんだで歴の長いレイヤーからはリスペクトされる傾向があるのに…。
 私自身は1990年代からコスプレを始めましたが、当時の出版物などにも高橋氏の功績に触れる部分は特には見られません。別冊宝島「私をコミケにつれてって!」(1997年末出版)でも、同人誌やコスプレ文化に対する数々の寄稿の中に、特に高橋氏のコスプレ造語説には触れられてないのです。
 高橋氏が「コスプレという言葉の生みの親」という肩書でメディアに登場していくのは2000年代以降なので、つまりマイアニメが1986年に休刊した後は20年近くコスプレ文化に殆ど関わっていない筈の人が、「コスプレという言葉の生みの親」として、そしてマスコミで喧伝されている?
 どうしても「おいしいとこ取り」しているように見えました。

 なのでこれからは〝「コスチュームプレイ」「コスプレ」という言葉を造語した訳ではなく、雑誌に使って広めた人〟としてリスペクトしようと思います。
 実際にこの言葉が商業媒体で広まった事で、自分たちが何をしてるか伝えやすくなった(誤解もたくさん産んだ)のは事実ですので。
 くれぐれも〝コスプレという言葉を最初につくった人〟ではありません

(追記:コメント欄の指摘で高橋氏本人としては「コスプレという言葉を作った」とは言っていないそうです。が、出版や主演などで「コスプレという言葉の生みの親」として喧伝される事に対して、明確な否定はしておらず、結果的に乗っかっている状況だと思います)
 
●問題点2
 日本にはコスプレの歴史を俯瞰・横断してまとめられるような団体がありません。いや外国にだって無いと思うのですけど。
 今回のような件で言えば、コミックマーケット準備会が自分の権限で語れるのはコミケ内のコスプレ史だけであって、コミケ以外も関わってくるコスプレの歴史までは管轄できません。
 月刊マイアニメが取り上げた1983年以降で第一次コスプレブームが起きたとするならば、唯一現存するコスプレ専門誌のコスモード(COSPLAY MODE)創刊は2002年以降、コスプレサイトCure(現World Cosplay)開設は2001年以降、世界コスプレサミット開始は2003年以降、各々それ以降の自分たちが管轄できる期間や地域性でしか責任を負ってまとめられないでしょう。

 伝統芸能やプロスポーツと違ってコスプレイヤーは趣味であって、別に何かの協会や組合への登録は求められていませんし、つまりコスプレ全体を俯瞰・横断できる業界団体などはありません。それっぽい名前の何とかコスプレ協会とか評議会とかあっても、結局ローカルな一イベント団体だったりします。
 このため、都合よくウソや誇大広告がまかり通ってしまう傾向があります。
 伝統芸能やプロスポーツと違い、変な肩書きやウソ歴史を並べる人が現れても、それを諌める権威ある団体などは存在しないからです。まさに言った者勝ち(自称ではない場合は担いだもの勝ち)になる訳です。

 もしも事実と異なる事が、マスコミを使って喧伝されたために既成事実化されるという事がまかり通るならば、それは特に高橋氏と一緒に編集してた町山氏が現在批判し続けているようなアベノミクスや維新旋風といった現象と、同じになってしまうのではないかと思います。
 
× × × × × 

 現在、角度の高い情報として言えるのはこれだけです。
〝「コスチュームプレイ」「コスプレ」という言葉の起源はコミケもしくはそれ以前のマンガ大会である可能性が高いが正確には不明であり、1980年に月刊アニメージュと月刊OUTで、1981年にふぁんろ~どで商業媒体では言葉として使用されている。
高橋信之氏(あと町山智浩氏も)の功績はあくまで「コスチュームプレイ」「コスプレ」という言葉を1983年以降に月刊マイアニメ誌上でのコーナー名や表紙に使って広めた事であり、造語した訳ではない〟
 
 
【関連資料リンク】 今回は読むと面白いよ。

・「コスプレ」という単語の起源について トゥゲッター
https://togetter.com/li/515074
 「コスプレ」という単語の起源について、牛島えっさい氏の見解。

・社長プロフィール --- デラックス株式会社
http://www.hard.co.jp/profile_01.html
スタジオハードデラックスの高橋氏による自己紹介。

・cosplayfandom beginning --- スタジオハード
http://www.hard.co.jp/cosplay_01.html
スタジオハードデラックスの高橋氏による月刊マイアニメのコスチュームプレイ大作戦に関するページ。当時の誌面画像あり。

・「コスプレ」ネーミングの生みの親が聖地で出版記念パーティー PRONWEB
http://www.pronweb.tv/2017/06/12/170612/
2017年に行われた高橋氏の出版記念パーティ。特に読む必要はない。帯文をやくみつる氏が書いてる時点で信憑性に難があるのですが…。

・まにコス 【公式】ツイッター
https://twitter.com/maniadocosplay
今回の研究会を主催したまにあ道事務局コスプレイベント告知アカウント。

マイアニメ84年3月号ならべ
手持ちの月刊マイアニメ1984年3月号。連載10回目のコスチュームプレー大作戦が掲載。
このページ自体はコスプレイヤーに対する温かい視点で語られており、当時の出版物としては完成度が高く好感であった。
後に「自分がコスプレという言葉の生みの親」などと持ち上げられ方をしなければ、フラットに評価されただろうな…。
 

追記:下部コメント欄に高橋氏からの経緯など語られているのでぜひ併せて読んでください。
当時のネーミングの過程や、ご本人もコスプレを造語したとされる事には違和感を感じておられる件など興味深い情報だと思います。
感謝いたします。
この本文に印象操作であるとの指摘があるので、そこも読んでいただきたいと思います。
自称ではないという事に関しては、修正や注釈を入れました。
ご本人は明確に「コスプレという言葉を作った」とは言っていないそうですが、現実にはネット記事や出版物や出演では継続してそのように喧伝されており、ご本人がその都度、明確に否定せずに繰り返されている事が印象操作になってしまっているので、それは避けるべきだったと私は思います。
 
追記2:その後、情報提供などありまして、「コスチュームプレイ」という言葉は演劇以外にも人形などの世界で「着せ替え」的な意味で古くから使われており、その言葉がアニメファンによる仮装の意味への転用されていったようです。
その転用の発端はコミックマーケットよりもさらに起源が古そうですが、民俗学や考古学の世界です。