要旨: 民法改正により成人年齢が20→18歳に引き下げられましたが、同人誌の成人向・成年向の表記は各都道府県の青少年健全育成条例に基づいた18歳未満への閲覧制限を意味する(高校生か否かは関係ない)ので扱いは特に変わってないのですが、どうも勘違いして
成人向・成年向マークの意味が変わってしまう!(※変わりません元から18歳基準なので)」
18歳になった高校生が見てしまう!(※高校生か否かは元から関係ありません)」
という注意喚起ツートが大拡散されては、間違いを指摘されて削除or鍵をかけるパターンが3ターン目くらいに入っており、なかなか混乱を招いているので、ちゃんとこの表記が必要となった法的根拠や歴史的経緯からふり返っておきましょうかという文章です。

 なお、本項における「法的根拠」の意味合いには法律と同様、都道府県の制定する条例も含んでいます。
民法改正都条例成人向



■法的根拠に基づく自主規制…成人向・成年向・R-18など
 1989年、日本社会を震撼させた連続幼女誘拐殺人事件はその劇場型犯罪ぶりや容疑者がコミケにサークル参加歴を持つオタクだった事もあって、1990年代に入ると世間のオタクバッシングから〝有害コミック規制運動〟に繋がっていきます。
 各地で青少年健全育成条例(国の法律ではなく各都道府県レベルの条例)が改正・強化され、暴力や性行為など18歳未満の青少年に悪影響を与える可能性のある漫画などは「不健全図書」「有害図書」といった指定を受け、書店での流通が制限されるようになりました。

 条例内容は一律ではなく地域ごとに規制内容は若干異なり、千葉県では1994年の改正で〝全体の20%以上もしくは20ページ以上の有害シーンを含む漫画を自動的に有害図書に指定するといった非常に強い規制が導入され(さすがに反対が多く実際には運用されず、ただし条例自体は残っています)、これより前には1991年に当時のコミックマーケットが幕張メッセから使用禁止を一方的に通告されて、晴海国際展示場(現在のビッグサイトの前身に該当)にUターンしているなど、有害コミックの排除に強く動きました。
 また、多くの出版社が集中する東京都の青少年健全育成条例は2010年にも改正され、漫画・アニメ(実写や小説は含まない)を対象としてさらに「違法な性行為を不当に賛美し誇張する」内容への規制を強めています。
 また、長野県では全国で唯一、こういった青少年健全育成条例が存在しないなど、地域ごとにバラつきがあります。

 出版業界(同人誌も)はこの不健全図書や有害図書指定を回避するため、表紙の目立つ部分に「成人向」「成年向」「18歳未満禁止」「R-18」などと表記を入れて、最初から18歳未満には見せない・貸さない・売らないように自主規制を課していきます。これは商業誌でも同人誌でも同じです。
 なので「成人向」「成年向」の表記に関しては、各都道府県の青少年健全育成条例の定める「18歳未満」を基準とした閲覧制限です。高校生か否かは関係ありません

 これが最低限必要な、法的根拠に基づく自主規制の部分です。
 ここまで知っておけば、長いので時間が無い人は続きは読まなくてもいいです。何ならラストのまとめ部分まで飛んでください。
 
■法的根拠に基づかない自主規制って?
 混乱の理由は上記のような「成人向」「成年向」を、20歳未満禁止・高校生禁止…のような意味で混同している人が意外と多かったせいでしょうか。
 実際には法的(条例)に求められるのは「18歳未満」への閲覧制限の自主規制であって、高校生か否か関係ありません。
 男性向だと早くからこの「18歳未満」の壁にぶち当たりながら育つので誤解は少ないのですが、女性向だと誤解してる人が多いみたいですね。

 で、なぜ「成人向」「成年向」同人誌の閲覧に「高校生か否か」を気にする誤解が広まっているのかというと、パチンコなどが高校生に禁止されているのと混同されているのかもしれません。
 パチンコは風営法で「18歳以上、ただし高校生は不可」となっていますが、ギャンブル性の高い遊戯を学生にさせないための規制ですので、所轄する法が違います。

 また、「成人向」「成年向」同人誌で高校生を避ける理由としてまことしやかに言われるのが「18歳でも高校生に売ってしまうとその周りの友人たちが18歳未満である可能性がある」といった理由ですが…
 冷静に考えたら仮に20歳以上に売ってもその弟や妹が18歳未満で見てしまう可能性だってあるので、あまり意味の無い注意なんじゃないでしょうか…?

 もちろん、表現の自由には読者を選ぶ自由も有ると思います。
 「この本は20歳未満には見せたくない!」「高校生には読ませられない!」と考えているのであれば、読者を選ぶ権利だってあります。
 ただし、前述のように「成人向」「成年向」表記には各地の青少年健全育成条例の定める「18歳未満」への閲覧制限という意味しか無いですから、それを勝手に20歳以上や高校生禁止の意味に置き換えて使ってはいけないのです。
 法的根拠から求められている自主規制と、それ以外の自主規制はごっちゃにするべきではありません。
 制限したければ別途、そのように分かりやすく「20歳以上対象」「高校生不可」など表記するべきだと思います。

 重ねて申し上げますが、「成人向」「成年向」表記は各地の青少年健全育成条例の定める「18歳未満」への閲覧制限(高校生か否かは関係なし)という自主規制の為に存在しますからね!勝手に意味を変えちゃダメですよ!
 
モルボル桜20220327中アップ
この辺で記事の半分、折り返し地点なので、桜の画像をどうぞ。
 
 超余談ですが、コスプレROMサークルでは「R-15」という表記をよく見かけます。
 これは18禁ほど過激じゃないけど、ちょっとえっちな内容だから…という意味で使用されてるのですが、この界隈に15歳以下の読者は殆ど存在しませんし、実際には「乳首は出してないけどちょいエロだから買って!」という販促キャッチコピーになっちゃってる気がします。
 あと真面目に「少しでも性的な要素があったらR-15表記を入れなくちゃ」と思い込んでる人もいるのですが、前述のように法的根拠で求められている自主規制は青少年健全育成条例の定める「18歳未満」基準のみですので、「R-15」表記に法的根拠はありません。付けなくても法的な問題はありません。

 映画やTVゲームで見かける年齢制限も、18歳以外の年齢での規制は「推奨」レベルで、あくまで業界団体の(法的根拠に基づかない)自主規制です。
 そういえば、「18歳以上推奨」(禁止ではなく推奨)という中途半端なPC移植エロゲーを連発したセガサターンがマニア化してしまいプレイステーションとの次世代機戦争に敗れてから、もう25年も経ってるんですね…。

 
■似て異なる法的な規制1:わいせつ図画=性器への修正
 上記の「成人向」「成年向」「R-18」と混同されやすいですが、趣旨も法も異なります。
 刑法175条において〝わいせつ物頒布等の罪〟への抵触を避けるために必要です。
 わいせつ図画(電磁的記録媒体)を売ってはいけないと決められているものの、何がわいせつなのか法律の条文では明確に決められておらず、実際にはその時代ごとの警察の取締り(それが本当に違法になるのかは裁判を経ないと決まりませんが)により、現在では〝性器の露骨な描写〟を基準に取締りが行われています。
 また〝ほう助〟も罪になるので、描いた作家だけでなく、即売会や印刷会社や通販サイトまでも広範囲に取締りを受ける可能性もあります。
 コミケなどが性器の修正基準を具体的には示さず、書店で売られている商業出版物を基準としているのはこのためです。警察の判断で突然厳しくなる事も有り得るので、その時の商業出版物を見てそこに合わせてもらうしかないのです。

 前述した1991年春のコミケ幕張メッセ追放事件以降、コミケでは従来の見本誌提出に加えて、性器が商業誌と同レベルで修正されているかなどの見本誌チェックを受ける形になりました。
 もし、わいせつ図画(電磁的記録媒体)として警察から摘発されれば会場を貸した施設運営会社までも〝ほう助〟の罪に問われる可能性がありますし、そうなればもう会場を借りる事ができなくなります。
 また絵よりも実写の方が厳しい基準で摘発されているので、2010年頃にコスプレROM(という建前の同人ポルノ)の性器修正の緩さに対して、コミケで販売停止の判断が続出したのもこの刑法175条
わいせつ図画(電磁的記録媒体)の問題からです。
(逆に準備会が見本誌チェックで許可した発行物に関しては、共に責任を負う形になります)

■似て異なる法的な規制2:児童ポルノ=作ってはいけない
 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律、いわゆる〝児童ポルノ禁止法〟への抵触を避けるために必要です。
 青少年健全育成条例は18歳未満に見せるな、わいせつ図画は性器を描くな、という内容でしたが、児童ポルノは隠せとか表記を入れるとかじゃなくって、「自己の性的好奇心を満たす目的」で作る事自体がダメなのです。製造や売買だけでなく2014年の改正以降は所持も禁止されています。
 実在する児童を性的被害から守る為の法律なので漫画やアニメは規制の対象外ですが、1998年の成立時を含め、3年おきの見直し議論の度に規制対象を広げるかが議論になっています。
 コスプレでは、18歳未満で「衣服のすべて、または一部をつけない児童の姿で性欲を興奮させたり刺激するもの」に該当する場合、違法になり得ると思われます。
 
■〝大人〟の基準は法律や条例ごとに変わる?
 各地の青少年健全育成条例や児童ポルノ禁止法は18歳を基準としていますが、児童とか成人とかの境界は法律や条例ごとに違うので、一定ではありません。めんどくさい…。
 民法では今年2022年4月から成人年齢を20→18歳に引き下げましたが、刑法では20歳基準のままで、18,19歳を「特定少年」と位置付けで凶悪犯罪に関しては20歳以上と同等に扱います。
 お酒に関しては未成年者飲酒禁止法により、20歳以上のままです。
 馬券購入も競馬法により、20歳からでないと買えません。
 パチンコは前述のように風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)で18歳以上としていますが、高校生は不可です。

 なのでSNSのプロフィールに「成人済」と書いてる場合は20歳以上なので飲酒や競馬ができて自分であらゆる契約を結べる…的な意味で使ってる場合が多いので(もしくは単なる慣習?)、それと青少年健全育成条例に対応した「成人向」18歳以上の基準が混同されて伝言ゲーム化していったのが、これらが混同された一因かもしれません。

 ああ、僕はどうして大人になるんだろう?…といったところで「ドラえもん のび太の宇宙戦争2021」は公開が一年延期された事で、逆に現実の戦争とリンクして趣深い作品になってしまったので、ぜひ映画館で見てください。1985年版の旧主題歌は流れませんが。

× × × × × 

 こういった法と自主規制に関する話は、法律面と歴史的経緯から合わせて考えると飲み込みやすいのですけど、断片的に伝えられても分かりにくいですよね。
 でも、例えば1990年頃の有害コミック規制運動や1998年頃の児童ポルノ禁止法騒動といった、往時を知る世代がちゃんと後ろの世代に伝える努力ができていたのか?といえば…うーん。あくまで結果論ですが、自分の事を振り返っても、首をひねります。
 今の20代の同人作家の多くは、有害コミック規制運動の頃には産まれてもいない訳ですから、知らないのはおかしくありません。
 なのに、上の世代に行くほど「知ってて当たり前だろ」みたいになっちゃってませんか?
 誤解や不見識を嘲笑する人や断片的にマウンティングをする人はよく見かけるけど、体系的に説明してくれるようなサイトは少ないので、自分でまとめて書いておきます。

 そして今回の成人年齢引き下げで特に同人方面への直接の変更はありませんが、もし本当に法的根拠から同人活動に対して重要な変更が求められる場合は、コミケ準備会や赤ブーブー通信社から何らかのアナウンスが出るでしょうから、そちらを参照してください。
 

[今回のまとめ]
●成人向・成年向などの表記は18禁・R-18と同様、各地の青少年健全育成条例で求められる「18歳未満」に暴力や性行為を見せないようにするための、法的根拠に基づく自主規制である。高校生は否かは関係なし。
●20歳未満禁止・高校生禁止など〝法的根拠のない自主規制〟をする自由もあるけど、成人向・成年向マークに元来そのような意味は含んでおらず、別途表記を入れるべき。
●今回の民法改正による20→18歳への成人年齢引き下げで、同人誌方面への直接の影響は無いが(18歳で〝親権者による未成年者契約の取消し権〟が無くなるので、印刷会社などの契約を親が取り消せなくなるが、そんな例は極めて少ないだろう)、何か重要な変更や注意がある場合、コミックマーケット準備会や赤ブーブー通信社など責任ある団体から何らかのアナウンスがあると思われるので覚えといてください。
●「その着せ替え人形は恋をする」で15歳女子高生の喜多川さんは堂々とエロゲーのコスプレをしていますが、別にエロゲーキャラの衣装を着る事は問題ないけど、R-18表記のゲームをプレイしている事は厳密に言えば青少年健全育成条例に違反しているかもしれないので、本人ではなく彼女に売った側が罰せられる可能性はあります。18歳未満の男子高校生が18禁のエロ本読んでるみたいな事で、野暮な話ですが。
●ところで広告代理店や芸能事務所といったメディア主導のプロコスプレイヤーブームって東京五輪とクールジャパン事業の不発でそろそろ峠を越えたと思うんですが、やっぱり生き残るタイプって芸能スキル・創作スキル・資格とかを別途持った上でコスプレを付加要素にしてる人だけなので、それができてない人って結局は脱いでいくと思います。


[資料として]
・R18について考えよう 参加ガイド 赤ブーブー通信社
https://www.akaboo.jp/guide/item/p0005.html
・【注意喚起】コミックマーケットにおける頒布物の表現について コミックマーケット公式サイト(2013年のわいせつ図画取締り強化に関する案内)
https://www.comiket.co.jp/info-c/C85/C85Notice1.html
・コミケ幕張メッセ追放事件 - Wikipedia(ウィキからの出典リンクにウチのブログも)
 
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