さて、ちょいと思う所有って、ゼロワンの両国国技館大会を振り返ってみたいと思います。
思えば00年の新日本プロレス東京ドーム大会で、小川直也に破れた橋本真也が引退を表明。
後にこれを撤回、そして橋本は既に選手層が厚くなり過ぎて飽和状態だった新日本プロレスの打開策として、傘下団体「ZERO新日本プロレス」設立を発表するも、ドラゴン藤波社長のコンニャクっぷりで放置されて、結局は独立団体「ZERO-ONE」としてスタートします。(以下ゼロワン)
× × ×
思えば00年の新日本プロレス東京ドーム大会で、小川直也に破れた橋本真也が引退を表明。
後にこれを撤回、そして橋本は既に選手層が厚くなり過ぎて飽和状態だった新日本プロレスの打開策として、傘下団体「ZERO新日本プロレス」設立を発表するも、ドラゴン藤波社長のコンニャクっぷりで放置されて、結局は独立団体「ZERO-ONE」としてスタートします。(以下ゼロワン)
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新日から派生した団体って、やはり両国国技館を使いたがる傾向があります。
このゼロワンの旗揚げ戦自体が、01年3月の両国国技館でしたから。
この時、「マット界のフリーマーケット」を標榜し、新日プロとノアを同じマットに上げ、
【橋本 永田 VS 三沢 秋山】の夢対決をいきなり実現させてしまいました。
しかしこの後、橋本は「UFO対ノアもあるかも」などと交渉中のカードをマスコミにバラし、三沢の顰蹙を買いました。
蛇足ながらこの時、ファンは猪木家と馬場家の育ちの違い、交渉術の違いを目の当たりにします。
○猪木… まだ確定していない交渉中の案件でも口にして、マスコミやファンを煽って盛り上げてしまう。
◯馬場… 信用第一なので、確定していない事は絶対に外にバラさず、全てが整った後で発表する。
三沢にしてみれば4月の有明コロシアムでノアのGHC初代ヘビー級王座決定戦が決まっていたので、その前に発表されたらそっちに話題を奪われてしまうとい う考え方なのでしょう。実際、ノア有明大会の直後に【小川 村上 VS 三沢 力皇】が発表され、たった3日後の平日にも関わらず日本武道館が超満員になりました。…あ、両国国技館じゃないじゃん。また蛇足。
その後、交渉の難航からノアとは若手のみの交流になり、ゼロワンはプロモーション会社から拡大して道場なども揃えた“団体”となり(この拡大路線がツケを 大きくしたのですが)、独自路線…「古き良きアメリカンプロレス」路線が開始されます。
この辺りで年3回の両国が通例になりますが、いかんせん、身長2mの巨大外人タッグとか、小川とプレデターの金網マッチとか…良くも悪くも古いなぁ、と。
で、この02年7月の両国大会、よく金網マッチで使われる高さ3mのじゃなくって、何故か4mのデカイ金網使ってたんですよ。高さと試合内容って関係無い し! あげくメーン前に金網設置で40分かかって、試合自体が7分で終わったという…。設置してる間はずっとジョーズのBGMが流れてて、飽きちゃったし。金網 が完成した際の拍手と歓声の方が、試合よりも大きかったし。あ、生観戦してましたんで覚えてるんですよ。
03年からゼロワンは本格的に全日本プロレスとの対抗戦路線にシフトします。
7月の両国で【橋本 小川 VS 武藤 川田】が実現。しかしこの試合中、川田のキックを橋本がチョップで迎撃して、これが後々まで響く肩のケガに繋がります。
12月の両国では【小川 VS 川田】(←地上波オンエアが12月後半だったので東スポ大賞にノミネートされなかったけど、03年の超ベストバウト!)【ゼロワン軍 VS 長州軍】で、超満員札止め9800人を動員します。
(この直前に有ったのが、橋本と長州の「何がやりたいんだゴラァ!紙面を飾ってゴラ!!」「何がコラじゃコラ!!」の、コラコラ問答でした)
しかし、勝ち抜きマッチで、総勢十数名のゼロワン軍が長州軍のたった5人、しかも長州以外は若手選手…を代わる代わる痛めつける姿は、正直、ファンを引か せました。
翌04年3月の両国で遺恨決着として【橋本 VS 長州】シングルマッチが実現するも、時既に遅し。主催者発表こそ8000人でしたが、閑古鳥の鳴いた場内で、終了後に中村部長が「しばらく両国から撤退し ます」と宣言するのです。背景にはおそらく、スポンサーの撤退なども有るのでしょうが。
翌05年、手術で欠場中に新日プロを訪問していた橋本は「このまま続けても負債が増えるだけだ。会社を閉めて、“ゼロワン軍団”として新日プロに乗り込ん で合流しよう」と発案しますが、大谷達が反対。ついにゼロワンは解体され、大谷達は新ゼロワンを立ち上げ。橋本は自ら負債を引き受けて、肩の完治後に再起 を図りますが…
05年7月11日、橋本真也は脳幹出血で帰らぬ人となりました。
× × ×
末期の橋本と大谷達は間に弁護士が入っている状態で、橋本の葬儀でも大谷達は棺を担いでいません。(司会から棺を担ぐ人の名前が呼ばれ、大谷は入っていな かった。棺に触らせまいとしたのでしょう。なお橋本は旧ゼロワン崩壊前に離婚しており、前夫人や息子さんはこの葬儀での一件には関わっていません)
だから私は、現ゼロワンを「橋本の魂を継いだ団体」「破壊王の魂が眠るリング」として扱われる事に、抵抗が有るんですよ。
橋本の息子がゼロワンでデビューと言っても…運営会社も、使ってるリングも違うし、何より橋本本人と喧嘩別れした団体だし。
ゼロワンがたびたび使う「熱いヤツ集まれ!」というフレーズにも、ちょっと疑問符が付くんですよね。
泣きながらマイクアピールしたり、選手全員で円陣組んだり、その場で生で見てると、確かに「熱い」んだけど、それは例えるなら…“学園祭”の熱さなんじゃ ないか。
正直、広く世間に訴えたり、業界を巻き込める熱さでは…ないんだな。
× × ×
さて。
◯ “破壊王2世”橋本大地が来年3月デビュー
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/headlines/20100712-00000014-dal-fight.html
そんなゼロワンが、来年3月予定で、7年ぶりに両国国技館大会を発表しましたー!
…だ、大丈夫なのか…?
今年3月の後楽園ホールでは、至宝の世界ヘビー級戦(川田 VS 催)を組んでも半分程度の観客だったのに…
でもでも、10周年記念という事で縁の有る選手を呼ぶなら、長州や武藤や蝶野だけでなく、名物外人のトム・ハワード(元グリーンベレー。関節技に捕まると モノ凄いスピードでほふく前進して逃げる)、マット・ガファリ(200kgの体重で回りながら押しつぶす“ガファリゴマ”)、キング・アダモ(牛丼17杯 食い逃げ事件で東スポ1面を飾った)なんかも呼んで頂きたいですね!
このゼロワンの旗揚げ戦自体が、01年3月の両国国技館でしたから。
この時、「マット界のフリーマーケット」を標榜し、新日プロとノアを同じマットに上げ、
【橋本 永田 VS 三沢 秋山】の夢対決をいきなり実現させてしまいました。
しかしこの後、橋本は「UFO対ノアもあるかも」などと交渉中のカードをマスコミにバラし、三沢の顰蹙を買いました。
蛇足ながらこの時、ファンは猪木家と馬場家の育ちの違い、交渉術の違いを目の当たりにします。
○猪木… まだ確定していない交渉中の案件でも口にして、マスコミやファンを煽って盛り上げてしまう。
◯馬場… 信用第一なので、確定していない事は絶対に外にバラさず、全てが整った後で発表する。
三沢にしてみれば4月の有明コロシアムでノアのGHC初代ヘビー級王座決定戦が決まっていたので、その前に発表されたらそっちに話題を奪われてしまうとい う考え方なのでしょう。実際、ノア有明大会の直後に【小川 村上 VS 三沢 力皇】が発表され、たった3日後の平日にも関わらず日本武道館が超満員になりました。…あ、両国国技館じゃないじゃん。また蛇足。
その後、交渉の難航からノアとは若手のみの交流になり、ゼロワンはプロモーション会社から拡大して道場なども揃えた“団体”となり(この拡大路線がツケを 大きくしたのですが)、独自路線…「古き良きアメリカンプロレス」路線が開始されます。
この辺りで年3回の両国が通例になりますが、いかんせん、身長2mの巨大外人タッグとか、小川とプレデターの金網マッチとか…良くも悪くも古いなぁ、と。
で、この02年7月の両国大会、よく金網マッチで使われる高さ3mのじゃなくって、何故か4mのデカイ金網使ってたんですよ。高さと試合内容って関係無い し! あげくメーン前に金網設置で40分かかって、試合自体が7分で終わったという…。設置してる間はずっとジョーズのBGMが流れてて、飽きちゃったし。金網 が完成した際の拍手と歓声の方が、試合よりも大きかったし。あ、生観戦してましたんで覚えてるんですよ。
03年からゼロワンは本格的に全日本プロレスとの対抗戦路線にシフトします。
7月の両国で【橋本 小川 VS 武藤 川田】が実現。しかしこの試合中、川田のキックを橋本がチョップで迎撃して、これが後々まで響く肩のケガに繋がります。
12月の両国では【小川 VS 川田】(←地上波オンエアが12月後半だったので東スポ大賞にノミネートされなかったけど、03年の超ベストバウト!)【ゼロワン軍 VS 長州軍】で、超満員札止め9800人を動員します。
(この直前に有ったのが、橋本と長州の「何がやりたいんだゴラァ!紙面を飾ってゴラ!!」「何がコラじゃコラ!!」の、コラコラ問答でした)
しかし、勝ち抜きマッチで、総勢十数名のゼロワン軍が長州軍のたった5人、しかも長州以外は若手選手…を代わる代わる痛めつける姿は、正直、ファンを引か せました。
翌04年3月の両国で遺恨決着として【橋本 VS 長州】シングルマッチが実現するも、時既に遅し。主催者発表こそ8000人でしたが、閑古鳥の鳴いた場内で、終了後に中村部長が「しばらく両国から撤退し ます」と宣言するのです。背景にはおそらく、スポンサーの撤退なども有るのでしょうが。
翌05年、手術で欠場中に新日プロを訪問していた橋本は「このまま続けても負債が増えるだけだ。会社を閉めて、“ゼロワン軍団”として新日プロに乗り込ん で合流しよう」と発案しますが、大谷達が反対。ついにゼロワンは解体され、大谷達は新ゼロワンを立ち上げ。橋本は自ら負債を引き受けて、肩の完治後に再起 を図りますが…
05年7月11日、橋本真也は脳幹出血で帰らぬ人となりました。
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末期の橋本と大谷達は間に弁護士が入っている状態で、橋本の葬儀でも大谷達は棺を担いでいません。(司会から棺を担ぐ人の名前が呼ばれ、大谷は入っていな かった。棺に触らせまいとしたのでしょう。なお橋本は旧ゼロワン崩壊前に離婚しており、前夫人や息子さんはこの葬儀での一件には関わっていません)
だから私は、現ゼロワンを「橋本の魂を継いだ団体」「破壊王の魂が眠るリング」として扱われる事に、抵抗が有るんですよ。
橋本の息子がゼロワンでデビューと言っても…運営会社も、使ってるリングも違うし、何より橋本本人と喧嘩別れした団体だし。
ゼロワンがたびたび使う「熱いヤツ集まれ!」というフレーズにも、ちょっと疑問符が付くんですよね。
泣きながらマイクアピールしたり、選手全員で円陣組んだり、その場で生で見てると、確かに「熱い」んだけど、それは例えるなら…“学園祭”の熱さなんじゃ ないか。
正直、広く世間に訴えたり、業界を巻き込める熱さでは…ないんだな。
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さて。
◯ “破壊王2世”橋本大地が来年3月デビュー
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/headlines/20100712-00000014-dal-fight.html
そんなゼロワンが、来年3月予定で、7年ぶりに両国国技館大会を発表しましたー!
…だ、大丈夫なのか…?
今年3月の後楽園ホールでは、至宝の世界ヘビー級戦(川田 VS 催)を組んでも半分程度の観客だったのに…
でもでも、10周年記念という事で縁の有る選手を呼ぶなら、長州や武藤や蝶野だけでなく、名物外人のトム・ハワード(元グリーンベレー。関節技に捕まると モノ凄いスピードでほふく前進して逃げる)、マット・ガファリ(200kgの体重で回りながら押しつぶす“ガファリゴマ”)、キング・アダモ(牛丼17杯 食い逃げ事件で東スポ1面を飾った)なんかも呼んで頂きたいですね!